生きとし生けるもの 前篇

小学校の頃、石井君と一緒にヘビをいじくって遊んでいました。体に巻きつけることはできたのですが、さすがに彼のように舌と舌をくっつけることまではできず幼な心に挫折感を味わったものでした。東大宮駅前にいる大勢のハトを1羽拝借し、手懐けて手品をしようと図るもまったく懐かず失敗、縁日で買ったヒヨコは布団で温めすぎて動かなくなり、挙句には飼い犬のボビーが目の前で車に轢かれるなど、生き物を育てるのは楽しみ以上にそれを失う悲しみによってその尊さを知るものだと実感しました。大人になっても生きとし生けるものを大切にしようと考えていました。またその尊さとそれを救う素晴らしさを子供たちにも教えようと思っていました。西片に住んでいた頃、赤門向かいの往来をいくらか入った金魚屋で亀を見つけました。おじさんが「縁日で売ってるミドリガメ、あれ危ねえよ、耳が赤いのが目印だい。でもこっちは大丈夫だよ」と教えてくれたので銭亀を二匹飼うことにしました。早速カメ吉とカメ子と名づけました。カメ子は凶暴で、ある日カメ吉の尻尾を噛み切ってしまいました。しかしその後何事もなかったかのように仲良く寄り添って遊んでいました。月日は流れいつしか子供たちは私より上背のある立派な青年となり、カメたちも両手でないと持ち上げられない位に大きくなりました。そろそろ水槽では狭かろうとホームセンターで巨大なたらいを買ってきました。すると二匹はのびのびと泳ぎ回れるようになりとてもうれしそうでした。私もうれしくなり調子に乗って、もっと自然を感じさせてあげよう、とたらいごと庭の木陰に置いてみました。これが不幸の始まりでした。家に帰ると折柄のゲリラ豪雨のため、たらいの水がなみなみとしていました。こりゃあ水を替える手間が省けたな、カメさんも喜んでるぞ・・・ジャックダニエルを片手に私は完全にメートルがあがっていました。夜中にハッと気付き自らの愚鈍さを呪いました。たらいにオーバーフローの穴を空けるのを忘れていたのです。ま、まさかっ、案の定カメが一匹消えていました。いなくなったのはどうやらカメ子のようです。裸足で家を飛び出し豪雨の中、辺りを必死に捜しまわりました。水の流れる方へ果てしのない暗夜行路をひた走りながらいろいろなことを考えました。初めは純粋にカメ子の身を案じその尊い命を救おうと必死でした。しかしその後、自分は悪くない、良かれと思って大きなたらいにしてやったんじゃないか、そもそもカメ子はカメ吉の尻尾を噛みちぎった悪党じゃないか、という自分勝手な防衛本能が頭の中を支配してきました。挙句の果てなんと、子供たちにバレないような隠蔽工作まで考えるようになっていました。あくる日、朝な夕な捜し歩くも叶わず、やがて悪魔の囁きが聞こえるようになりました。「先生は医療ミスをしてもそうやって隠蔽し責任転嫁をするんですかぁ」。幸いこれまで医療ミスは経験していませんが、日々細心の注意を払っていながらも潜在的にそんな不安があったのでございましょう。数日良心の呵責に耐えた挙句、家族にすべてをゲロし楽になりました。それからというもの残されたカメ吉に対する愛情は倍増しました。「かめあり、かめいど、かめやまんねんどお~」家族中で愛で、慈しみ、愛玩しました。幸せな日々が続く中、ある日ベランダに出てみるとたらいの横に黒い羽が落ちていました・・・
(中編に続く)

2019年05月03日